東京地方裁判所 昭和61年(ワ)16596号 判決 1988年7月19日
原告
米山雅子
原告
横山義文
右二名訴訟代理人弁護士
佐藤成雄
同右
長井和雄
被告
泉開発産業株式会社
右代表者代表取締役
北川文男
右訴訟代理人弁護士
藤井英男
同右
古賀猛敏
同右
関根和夫
同右
藤井一男
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告米山雅子に対し、同原告が被告の経営する泉カントリー倶楽部の平日会員(会員証書番号H一三五)としての地位を訴外黒田敏夫に譲渡することを承諾せよ。
2 被告と原告横山義文との間で、同原告が被告の経営する泉カントリー倶楽部の平日会員(会員証書番号H六四)としての地位を有することを確認する。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同趣旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、泉カントリー倶楽部(以下「本件クラブ」)というゴルフ場を経営する株式会社である。
2(1) 原告米山雅子(以下「原告米山」という。)は、昭和五四年一二月、被告との間で本件クラブへの入会契約を締結し、その平日会員(会員証書番号H一三五)となった。
(2) 訴外横山福市は、昭和五四年一二月、被告との間で本件クラブへの入会契約を締結し、その平日会員(会員証書番号H六四)となった。
3(1) 原告米山は、昭和六一年八月一一日、訴外黒田敏夫との間で、前項(1)の会員としての地位(以下「本件会員権(1)」という。)を同訴外人に売り渡す旨の契約を締結した。
(2)① 訴外横山福市は、昭和六一年六月八日に死亡した(以下、同訴外人を「亡訴外横山」という。)
② 原告横山義文(以下「原告横山」という。)は、亡訴外横山の長男であり、前項(2)の会員としての地位(以下「本件会員権(2)」という。)を相続した。
③ 原告横山は、同年八月、被告にその旨通知した。
4 本件各入会契約においては、会員権を譲渡するには被告(本件クラブの理事会)の承諾を得なければならないことになっている。
5 よって、原告米山は、被告に対し、本件会員権(1)につき訴外黒田敏夫への譲渡の承諾を求め、原告横山は、被告との間で本件会員権(2)を有することの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 第1項及び第2項の事実は、認める。
2(1) 第3項(1)の事実は、知らない。
(2)① 同項(2)①②の事実は、知らない。
② 同項(2)③の事実は、亡訴外横山が死亡した旨の通知があったことのみを認め、その余の事実を否認する。
3 第4項の事実は、認める。
4 第5項は、争う。
三 抗弁
1 原告米山及び亡訴外横山は、本件各入会契約締結に際し、被告に対し、本件クラブの会則を遵守する旨約した。
2(1)① 本件クラブの会則には、「平日会員は倶楽部の斡旋によりその会員権を他に譲渡することができる。」との規定がある。
② これは、本件各会員権のような平日会員権については、本件クラブの斡旋によってのみ譲渡することができる旨規定したものである。
(2)① 本件クラブの会則には、本件クラブは住友連系各社及びその関係者の懇親を図ることを目的とする旨規定されている。
② 被告は、右の目的の範囲内にある者に対し預託金相当額で譲渡する場合にのみ譲渡の承認をすることにしている。
3(1)① 本件クラブの会則には、理事会の承認を得た者についてのみ入会を認める旨規定されている。
② これは、本件クラブの理事会において、入会希望者の人格、職業、経歴、ゴルフ歴等に関する審査を行い、会員としての適否を審査しようとするものである。
③ このようにして入会を認められた者は、被告との間で、ゴルフ場施設の優先的、特典的利用権を含む継続的な権利義務関係に立つことになる。
④ したがって、本件各入会契約に基づく一方当事者の地位としての本件各会員権は、その性質上、入会を認められた者に一身専属的なものというべきである。
(2) 本件クラブの会則には会員はその死亡により会員としての資格を失う旨規定されている。
四 抗弁に対する認否
1 第1項の事実は、認める。
2(1)① 第2項(1)①の事実は、認める。
② 同項(2)②は、争う。仮に、右規定が原告米山、原告横山に対して有効であるとしても、右規定は、本件クラブが譲渡の斡旋をすることがあることを規定するに過ぎず、斡旋を経ない譲渡が許されないとする趣旨の規定ではないというべきである。
(2)① 同項(2)①の事実は、知らない。
② 同項(2)②は争う。譲渡の承認は、譲受人が、会費その他の債務の支払能力に欠けるとか、年少者であるとか、クラブの品位を汚すおそれがあるとか、クラブの規律を守らないおそれがあるといった会員としての適格性を欠く特段の事由のある場合に限り拒絶できるものというべきであり、本件会員権(1)の譲受人である訴外黒田敏夫にはそのような事由はない。
3(1)① 第3項(1)①ないし③の事実は、認める。
② 同項(1)④は争う。会員としての地位が入会契約に基づく継続的法律関係であることや、入会に際し会員としての適格性審査が行われることは、譲渡の認められている本件会員権(2)2については、その相続性を否定する根拠とはならない。
(2) 同項(2)の事実は、認める。しかし、亡訴外横山は、会則にそのような規定があることは知らなかったので、会則中の右の規定は、亡訴外横山から本件会員権(2)を相続した原告横山を拘束するものではない。
六 再抗弁
1 被告は、本件各入会契約締結当時、本件クラブの会員の募集及びその入会手続の実施を訴外住友不動産株式会社に委託していた。
2 右訴外会社専務取締役村上恒治は、訴外吉田義秋に対し本件クラブの平日会員として入会を希望する者の紹介を依頼し、その際、平日会員権は譲渡可能であり、かつ、近い将来値上がりする旨説明した。
3 原告米山及び亡訴外横山は、訴外吉田義秋から同様の説明を受け、そのように信じた結果、本件各入会契約を締結したものである。
4 本件各入会契約を締結した当時、ゴルフクラブ会員権については一般に譲渡や相続が認められていたので、原告米山及び亡訴外横山は右のような説明により本件各会員権も他の一般の会員権と同様に譲渡・相続することができると考えたのである。被告は、本件各会員権は、本件クラブの斡旋に基づいてのみ、しかも、預託金額相当額でのみ譲渡することができるものであると主張するが、仮にそうだとすれば、被告は、本件各会員権がそのような特殊な性格を有することを故意に秘し、かつ、誤解を与えるような方法で、原告米山、亡訴外横山らを会員として募集したものであって、被告が、そのような特殊な会則の効力を主張することは、信義則に反し許されない。また、当該会則は、公序良俗に反する。
七 再抗弁に対する認否。
1 第1項の事実は、認める。
2 第2項及び第3項の事実は、知らない。
3 第4項の事実は、否認する。同項の法律上の主張は、争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求の原因第1項及び第2項の事実は、当事者間に争いがない。
二1 請求の原因第3項(1)の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。
2 同項(2)①の事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
三請求の原因第4項の事実は、当事者間に争いがない(なお、本件会員権(1)が権利者において自由に譲渡することができる性質のものである場合には、原告米山において直ちに譲渡すれば足りるのであって、被告に対し譲渡の承諾を求める権利は生じない。したがって、その場合には、同原告の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないことになる。)。
四そこで、次に抗弁につき判断する。
1 第1項の事実は、当事者間に争いがない。そして、ゴルフクラブの会則は、一種の約款とみるべきであるから、その存在を前提として本件各入会契約が締結されている以上、契約当事者は、その内容の知、不知にかかわらずこれに拘束されるものというべきである。
2 次に第2項につき判断する。
(1) 第2項(1)①の事実は、当事者間に争いがない。
(2) <証拠>を総合すると、被告は、住友連系各社及びその関係者の懇親を図ることを目的として本件クラブを経営していること、本件クラブの正会員については会員権の譲渡が会則により禁止されていること、本件クラブの平日会員についてはクラブの閉鎖性を薄めるとの趣旨で住友系列の会社の取引先関係者までその入会を認めるとともに、会員権譲渡の制度も設けたが、その譲受人を限定するために前示の規定を会則に設けたこと、以上の事実が認められ、これらの事実に照らすと、前示の会則の規定は、本件クラブの斡旋に基づいてのみ平日会員権を譲渡することができるものとした規定と解すべきである。
3 そこで、すすんで第3項につき判断する。
(1) 第3項(1)①ないし③の事実は、当事者間に争いがない。
しかし、本件各会員権について譲渡が認められていることは前示のとおりであるから、これとの対比上、本件各会員権がそのゴルフ会員権としての性質上、一身専属的な契約上の地位であるとすべき理由はないというべきである。
(2) もっとも、<証拠>によると、第3項(2)の事実(本件クラブの会則には会員が死亡した場合には、会員としての資格を喪失する旨の規定があること)が認められる。したがって、本件各会員権は本件各入会契約の内容となっている右会則の規定において会員の死亡により消滅すべきもの(一身専属的なもの)と定められていることになる。
五次に再抗弁につき判断する。
1 第1項の事実は、当事者間に争いがない。
2 <証拠>を総合すると、第2項及び第3項の事実を認めることができる。
3 右において確定した事実によると、原告米山、亡訴外横山は譲渡が広く認められている一般の会員権と同様に被告の平日会員権も譲渡することができると考えて本件各入会契約を締結したものと推認することができる。しかし、弁論の全趣旨によると、右両名は、正式な入会手続を経て本件各入会契約を締結しているのであるから、他の入会者と同様に、被告が会則等で定める内容の契約を締結する趣旨で本件各入会契約を締結したものというべきであって、右両名が訴外吉田義秋から説明を受けた事項が契約内容となったとすることはできない(右両名については錯誤無効が問題となるに過ぎない。)。
もっとも、<証拠>を総合すると、被告は、本件クラブが余りにも閉鎖的であるとの非難を受けることを避けるために平日会員権の譲渡を認め、また、平日会員の募集に際しては、一般のゴルフ会員権と異なり、譲渡について譲受人、譲渡額等の点において厳しい制限があることを明示しなかったことが認められ、この点からすれば、被告の行為に非難すべき点があることは否定できない。
しかしながら、一般に、預託会員制のゴルフクラブへの入会契約は入会者にゴルフ場施設の優先的、特典的利用を認めるとともにそれに伴う諸義務を課す継続的契約であって、入会に際して入会希望者の資格審査をすることからしても、契約当事者間における信頼関係が重視されるべきものである。したがって、入会契約における一方当事者の地位である会員権は、本来、その性質上、他方当事者の承諾なくしては譲渡することができないものである。そして、その意味での他方当事者の承諾は、会則に理事会の承認を得て譲渡することができるとの定めがある場合にあっては、原則として理事会の裁量に委ねられているというべきであり、例外的に、入会契約締結時における資格審査の方法・内容、預託金の返還時期、その後の承認事例の内容、クラブ運営の実情、その他諸般の事情を総合考慮してその拒絶が信義則に反する場合に限り、承認を拒絶できないものとするのが相当である。
これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、本件クラブは住友連系各社及びその関係者の懇親を図ることを目的としていること、したがって、本件クラブは住友連系各社の援助により開設・維持されており、クラブ運営による収益を株主に配当することを目的として運営されてはいないこと、本件クラブの会員は非会員の一〇分の一程度の料金でプレーを行うことが認められていること、原告米山及び亡訴外横山も平日会員としてその利益を享受してきたこと、これまで被告が平日会員権の譲渡・相続を認めた例はないこと、以上の事実が認められ、これらの事実からすれば、前示のような入会勧誘時における事情を考慮しても、被告において、本件会員権(1)の譲渡について、本件クラブの斡旋がないこと、譲渡代金が預託金額でなけれはならないことを挙げて承諾を拒絶することをもって、信義則に反するとすることはできないというべきである。
また、亡訴外横山が本件クラブの会員としてその利益を享受してきたことは前示のとおりであり、また、同人が死亡した結果、会則により本件会員権(2)が消滅するとしても、その相続人である原告横山は亡訴外横山の有していた預託金返還請求権を相続することはできるのであるから、被告において、右のような会則の効果を主張することが信義則に反するとすることもできないというべきである。
なお、本件クラブの会則の内容が公序良俗に反するとすべき事由は、これを見出すことができない。
六よって、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官岡久幸治)